ユリイカのブログ

ユリイカ進学教室の日々の一コマ、塾長のつぶやき

おすすめ本 3冊目&4冊目 『動的平衡』+1

今回は青山学院大学教授・ロックフェラー大学客員教授で、分子生物学者の福岡伸一さんの著作を紹介したいと思います。

週刊文春にも長らく連載を持っているので、名前をご存じの方も多いかもしれません。この本は、研究の傍ら一般向けのエッセイストとしても有名な福岡さんの、代表的著作といっていいかもしれません。「生命とは何か」という専門的で本質的な問題を探りながらも、一般の読者向けに驚くほどわかりやすく書かれた本ですので、肩の力を抜いて読み進められ、しかも旧来の生物観をひっくり返してくれるような話が満載です。

表題の動的平衡というのは、もともとアメリカのシェーンハイマーという科学者が提唱した、生命を一つ一つのパーツの寄せ集めとして理解するのではなく、「流れ」としてとらえる考え方だそうです。普段私たちは生命を「分解」していくことによって理解しようとします。例えば動物であれば筋肉や骨格、内臓等各器官に分け、さらにこれらを構成する細胞の構造などを学習するのがまさに「理科」の勉強です。そしてもう一歩これを推し進めると、遺伝子とこれを構成するDNAの研究へと行き着きます。私たちの体はDNAの研究の絶え間ない自己複製と変異を通じて形作られている。「生命とは自己複製可能なシステムである」これが20世紀を通じて得られた主流の生物観と言ってもいいかもしれません。

しかしこの見方に対して福岡さんは、違う視点から生命を見る方法を提唱します。少し長くなりますが引用してみます。

生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、食物として摂取した分子と置き換えられている。身体のあらゆる組織や細胞の中身はこうして常に作り替えられ、更新されつづけているのである。
だから、私たちの身体は分子的な実体としては、数ヶ月前の自分とは全く別物になっている。分子は環境からやってきて、一時、淀みとしての私たちを作り出し、次の瞬間にまた環境へと解き放たれていく。
つまり、………私たちの体自体………「通り過ぎつつある」分子が、一時的に形作っているに過ぎない………そこにあるのは流れそのものでしかない。その流れの中で私たちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。その流れ自体が「生きている」ということなのである。

これをシェーンハイマーさんは動的平衡と呼び、福岡さんはこれを発展させて「生命とは動的平衡状態にあるシステムである」と結論づけました。外的環境と私たちの身体を全く独立し切り離されたものととらえるのではなく、環境と一体のもの、同一のものの特殊な一形態としてとらえる大変興味深い生物観が示されています。

この本ではこうした観点から、人間の記憶とは何か、食べ物を食べるとはどういうことなのか、ダイエットをどうとらえるか、など私たちが普段当然の前提としている事柄に鋭くしかも小気味良い文体で切り込んでいきます。「目からうろこ」的な発見が多々あるはずです。理科音痴、科学音痴の人も楽しめると思います。是非読んでみてください。

『ルリボシカミキリの青』の方は『週刊文春』に連載された、福岡さんのエッセイをまとめたものです。自身の研究内容はもちろん、少年時代の思い出や、教授としての日々の生活の中での出来事など様々な話題を取り上げた、気軽に読める「傑作科学エッセイ」。読んでみると「なーるほど」とうなるところ満載です。

 

動的平衡木楽舎

『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』文春文庫